宮原龍雄の「三つの樽」

「三つの樽」とは、宮原龍雄が昭和24年に「別冊宝石」に発表した作者処女作です。
同誌では新人発掘のコンテストの開催が恒例となっており、通称「三十五人集」の一人として作者は名を連ねました。
藤村正太、土屋隆夫、日影丈吉といった実力者たちも三十五人集に選ばれており、かなりハイレベルな作品同士がしのぎを削ったといわれています。

三つの樽は「密室探求 第二集」(鮎川哲也編)等に収録されています。
一見不可能犯罪に見える犯罪ですが、解明に至るまでの過程は本格物の定番である「アリバイ崩し」と論理的推理が主となっています。

本作はクロフツの「樽」に触発され執筆されたことは間違いなく、作中に同タイトルについて書かれており、J・S・フレッチャー「ミッドル・テンプル事件」なるマニアックなタイトルも顔をのぞかせます。
また、事件構成の一部が愛川純太郎「木箱」に共通しており、「三つの樽」の方が発表時期が早いことから、 おそらく「木箱」は「三つの樽」に触発されて執筆されたという鮎川編者の憶測は間違ってはいないと思います。
しかし、のちに鮎川編者が「木箱」の作者に同件について問い合わせたところ、偶然の一致だったということを別の本(たしか立風書房のミステリーの愉しみだったような気がする)で語っていたような覚えがある。
まあ確かにプロットは似てるが、それ以外はそれほど似通っていないため、そういうこともあり得るのだろう。

三つの樽の矛盾

※以下はトリックの一部に触れています。

鮎川編者によると、本作には"小さな矛盾"があるそうです。
編者はその事実のみを述べ、それがどのようなものであるかについては、「密室探求 第二集」では明らかにしませんでした。
その小さな矛盾が一部の選者から好評価を得ることができなかった理由(「密室探求 第二集」解説より)と推測していますが、実際は本作をクロフツの「樽」の模倣ととらえた本格推理嫌いの木々高太郎や大下宇陀児らの影響があるかもしれないとのこと。(「絢爛たる殺人」芦辺拓解説より)
大下宇陀児にいたっては選考委員であるにもかかわらず、途中で読むことを放棄したらしい。大下宇陀児仕事しろ

小さな矛盾とは一体何なのか?
このことを念頭に置いて改めて読み直してみると、ある部分にそれらしき(?)箇所を発見しました。
しかしながら、それは小説という形態をとっている以上しかたのない(むしろ略しても問題ない)ものであったため、結局は何が矛盾しているのかは発見できなかったという方が正しいです。
本格推理嫌いの選考委員はたいていの場合、選考対象作品の文体もしくは文章のへたさに着目しがちであることを考えると、上記「小説形態であれば問題ない部分」に欠点という名の矛盾を見出してもおかしくはないのですが。

そんなとき、最近になって「ミステリーの愉しみ4 都市の迷宮」を入手し、パラパラとめくっていたところ、まさにこの「三つの樽」の矛盾について言及している一文を発見しました。
鮎川哲也は「密室探求 第二集」では語らなかった部分を「都市の迷宮」では語っていたということになります。
片方ではわからなかったことが、もう一方から明らかになっていくという、リアル謎解きを数年の時を経て体験したことになります。
まあ、解説ページに情報をすべて掲載することはできないわけですからしかたがないことです。
(見つけたときはおもわず「おおっ」となりました)

さてではその矛盾は何なのかというと、「二つの同じ大きさの樽を用意し、片方を分解してもう一方へ収納することはできない」というものでした。
樽の構造を調べてみると、樽には側面を構成する「側板」や底や頂点の部分である「鏡」といった部品から構成されています。
これらを同じ大きさの別の樽に収納するとなると、側板が収納先の樽からはみ出てしまう可能性があり、また、鏡は複数の板を組み合わせて構成されたものであり、収納先の樽に格納することは可能(鏡を分解することで、収納先の樽の入口よりも小さくする)だと思いますが、分解した樽を再び再構築する際、鏡を元通りに修復するには時間や労力の面からしてかなりの手間がかかる可能性があります。(釘等で打ち付ける場合、その音を城南荘の住人に聞かれる可能性もある)
私が調べた樽の構造と作中に登場する樽の構造が同じであるかはわかりませんが、なるほど、たしかに矛盾と捉えても仕方がないことであることがわかりました。

この矛盾を提唱した選考委員が誰であるかはわからないのですが、作中に触れられることがなかった樽の構造まで取り上げ、ミスを指摘したということに、選考委員の鋭い観察眼が物語っているような気がします。
私なら、この矛盾を見つけることはなくスルーしていたでしょう。
やっぱり小説書きは違うなと思い知らされた瞬間でした。
矛盾の正体を、プロット上の時間配分のミスかと思っていたのは内緒だ。