九マイルは遠すぎる(ハリイ・ケメルマン)

「九マイルの道を歩くの容易でない、ましてや雨が降っていたらなおさらだ」
この一文から未知の事実を引き出すその過程に定評がある表題作「九マイルは遠すぎる」を収めた短編集。
一見飛躍した推理に思えますが、事実を元にした推論から導き出されたものであることがわかればその推理にも説得力が出るというもの。
作者のポテンシャルを知るには十分すぎる作品集でしょう。

探偵役は大学教授ニコラス・ウォルト(通称:ニッキイ)ですが、短編である以上推理が終了したところで物語も終わるため、事実の裏付けは取られることはありません。
クイーン検察局(エラリー・クイーン)や三番街のバーテン(鮎川哲也)と同様の趣向ですが、短い枚数で本格推理を試みるにはこのような構造がもっとも適しているのでしょう。
論理的でキレのある本格推理の妙味を味わえる好短編で、長編とは異なる面白さがあるように思えます。

収録は以下になります。

  • 九マイルは遠すぎる
  • わらの男
  • 10時の学者
  • エンド・プレイ
  • 時計を二つ持つ男
  • おしゃべり湯沸かし
  • ありふれた事件
  • 梯子の上の男
九マイルは遠すぎる

推測した事実が必ずしも真実とは限りませんが、推論の過程の論理性はまさに本格推理そのもの。
どんな人物が歩いたのか、何時頃歩いたのか、乗り物は使ったのか、なぜ「九マイル」と断定できるのかetc...
手掛かりに対する着眼点の豊かさが面白い。

わらの男

九マイルは遠すぎると同様、手掛かりを元に事実を引き出す構成の作品。
捜査陣の想像とは逆の事実を推理するという意外性も面白い。
が、裏を返せばやや強引な気もする・・・。

10時の学者

凶器に対するアプローチがまるでエラリー・クイーンの如く。
結末への導き方も似ている。
○○を"殴る"目的で使うのはないよなぁ。

エンド・プレイ

自殺か他殺かの議論を戦わす中、居合わせたニッキイが第三の答えを推理する。
計画的な犯行にしてはややずさんな犯人の工作が気になるが、チェス盤から導く推論がなかなか面白い。
自殺側の意見は結構こじつけに近いけれど、ストーリー上のしきたりだから仕方がない。

時計を二つ持つ男

「呪い」を扱った作品。
被害者の心理を探るという論理とは少し離れた要素さえも、理屈っぽい地に足のついた作風に仕上がっています。
時計の鐘の音が聞こえてもつい時計を見てしまう、という心理は今の昔も共通の反応であるようです。

おしゃべり湯沸かし

隣室から聞こえるポットの音だけからストーリーが構成されるという究極の推論短編。
正確にはポットの音以外にも手掛かりはあるのですが、まさかここまで推理できるとは・・・。
コーヒーを飲むために湯を沸かすのと茶を飲む場合とでは何が違うのか、という疑問はさておき、「九マイルは遠すぎる」同様気に入った作品。

ありふれた事件

タイトルにしては全然ありふれた事件ではない気がする。
死体を隠すならば人目のつかないところを選ぶのが普通ですが、それに反して見つかったのは街中。
推理の過程が描写されているのは当然ですが、それ以上に「why?」を突き詰めていく構成が面白い。

梯子の上の男

他の収録作に比べ少し長め(な気がする)。
地上から地下に落ちた墜落事件と、天から地に落ちた"梯子の上の男"墜落事件を扱った奇妙な事件。
ことに後者のトリックはやや本格向きではない(○○殺人であるため)が、使用した道具が面白い。