大雷雨夜の殺人(小酒井不木)

探偵小説勃興期の立役者、小酒井不木の短編集。春陽堂書店刊行。
森下雨村と小酒井不木が江戸川乱歩を作家としてデビューさせたのは有名な逸話だが、本書にはその乱歩のデビューから数年しか経過していない1930年以前の作品が収録されている。
その時点にこれだけの本格探偵小説を執筆しているということは、江戸川乱歩という探偵作家を見出した慧眼だけでなく、自らも優れた探偵小説家であることを意味しているに他ならない。

小酒井不木は探偵作家として初めて全集が組まれた作家でもあり、犯罪文学論や殺人論、探偵小説、エッセイや随筆等、不木が手掛けたすべての原稿がまとめられた。
それらが不木の死後からまもなくして始められており、現在でも作品全集が刊行され続けている江戸川乱歩をうかがわせる人気ぶりである。
だが、今現在での小酒井不木の知名度は決して高くはなく、知っている人は知っている、読みたい人は読むであろうという、ややニッチな人気がある程度ではないだろうか。
実際のところ、犯罪論等の評論文は国書刊行会が「クライム・ブックス」のレーベルで刊行されているが、探偵小説集が論創社の「論創ミステリ叢書」で刊行されたのはここ数年の話。
市場での出回り具合や結構攻めた価格設定等、なかなかにマニア泣かせの本でもあるが、収録作品自体の価値を鑑みると、決して高いとは思えないところが憎らしい。
「まあこれぐらいはするだろな」と感じてしまうのも事実である。

最近では(2017/12現在)では河出書房新社から「疑問の黒枠」が刊行されており、小酒井不木のリバイバルブームが続くさなか、貴重な作品を読むことができる本書の価値は計り知れず、結果として大満足の短編集だった。
収録作品全般に言えることだが、決して練りに練り上げたという緻密なプロットではないにもかかわらず、事件の語り口や提起された謎の状況等から、いかにも本格探偵小説を思わせる作風であることがおおいに興味深い。

提起された謎を終盤にて別の方向へとシフトさせる論理性に舌を巻く本格推理「愚人の毒」、作者の医学博士としての視点から、心臓を入れ替えることによる利点に独特の論理展開を扱った怪奇SF「人口心臓」、意外な結末が魅力の「烏を飼う女」、探偵西山電吉が活躍する「雪の夜の惨劇」あたりが面白い。

  • 大雷雨夜の殺人(講談倶楽部1928年2月号)
  • 愚人の毒(改造1926年10月号)
  • メデューサの首(大衆文藝1926年9月号)
  • 人口心臓(大衆文藝1926年1月号)
  • 謎の咬傷(女性1925年7月号)
  • 烏を飼う女(講談倶楽部1925年10月号)
  • 抱きつく瀕死者(文藝倶楽部1929年6月号)
  • 雪の夜の惨劇(雄辯1928年1月号~1928年3月号)
  • 好色破邪顕正(現代1928年6月号~1928年8月号)
大雷雨夜の殺人

本作のみの登場だと思われるが、警察官で名探偵と名高い柏探偵が登場する。
現在では警察官を「探偵」と称することはないと思うが、戦前(もしくは戦後)の作品には同様の名称を持つ登場人物が(思い出せないが)ちらほらいたと思う。
実際、警察官の上司やリーダーを「探偵長」と役職(?)をつけて呼び合ったこともあったらしく(おそらく国内)、創作とはなにかしらの根拠が求められるものであるとしみじみ思った。

本作はその名の通り、大きな雷雨が轟いた夜の日に起きた殺人事件を扱っている。
証言によると、土砂降りの雨の中に一人の男と道化姿の人物が格闘しており、殺人犯の後者はその場から立ち去り、前者が死体として道端で発見された。
導入の時点から本格推理らしい堂々とした事件模様だが、実際読み進めてみると、次々と湧き出てくる謎が聞き込みや証言等により明らかになるという、さほど論理性を主体とする作風ではない。

こう見ると、執筆しながら今後の展開を考えるような偶然性に頼った作風である通俗性を想像してしまい、いまいち乗り気にならない印象を受けるが、本作はそのようなことはなく、通俗なだけで探偵小説としての謎を中心とする展開はれっきとしたものである。
そもそも、犯罪の展開とその謎の解明を論理的に行う作風を本格推理というのだから、本作は紛れもない本格推理といえる。
ただ、その入り具合は軽めのものであるといえよう。

愚人の毒

亜砒酸中毒を利用した毒殺事件を扱った短編。
亜砒酸には発がん性がある危険な化合物だが、中毒症状から原因を特定することが容易であるため、愚か者しか使わないという揶揄が込められ「愚人の毒」とも呼ばれているそうである。
つまり、殺人には不向きな毒を使用したとなると犯人は愚か者ということになるが、そこは欠点ということにはならない。
本作の素晴らしい点は、犯人に尋問を行う事件担当検事、警察署長、法医学者による答弁にあるからである。

読者へ向けた事件概要の説明と、状況から推察される疑問等を丁寧に述べており、その内容や説明に違和感は感じない。
一部推測の域を出ない部分もあるが、作者はこれを登場人物に代弁させており、論理の虚弱性を作者が意識していることがわかる。
ミステリーに出てくる論理やトリックに都合の良さが感じられるのは仕方のないことだが、論理を自ら規律する本作の構造は、本格推理にとって非常に重要なことだと思う。

また、途中から被害者の本当の死因が明らかになり、単なる中毒事件ではないことがわかり、ストーリーの転換が行われている点も興味深い。
このことは最後の一文で明かされる犯人逮捕の罪名の通りであるが、いつ、どのように毒が盛られたかという毒殺事件における当然の疑問とは無関係な要素が、ミステリー界で普段使われているような意味とは異なる「意外な結末」に結びついている。
技巧を凝らした見事な作品だった。

メデューサの首

メデューサとは、髪の毛が蛇でできており、にらまれると石化するといわれているギリシャ神話に登場する怪物のことだが、本作でのメデューサの首とは、肝硬変患者の下腹部(臍あたり)にあらわれる静脈の怒張のこと。
青く浮き出た静脈がある一点に集中したさまは、まるでメデューサの髪の毛のようということで名付けられたらしい。
いかにも医学博士らしい題材といえるが、小難しい医学用語の説明は多くはなく簡単に記す程度。
戦前の探偵小説でのストーリーテラーにおける常套手段の一つともいえる、"素性もよくわからない謎の人物が実体験を聞き手(読者)に語る"というプロットで構成されている。

作者は因果応報や執念を描写したのかもしれないが、作中で聞き手が行っていたことを考えると、かなり違和感を禁じ得ない。
温泉施設でそんな遊びをしていようものならすかさず110番でお縄だろう。当時は違ったのだろうか?
また、メデューサの首が現れた女の発狂具合ももどかしく、実際には女の望むようになったのだが、医者を志す者が同様の行為をしてしまってはいかんだろう。
死因に関しても作者とは思えないほどあっさりとしている点も意外である。

まあ、そもそも本作は本格推理ではないのだから、このような意見は場違いなのだが。

人口心臓

SFでもあるが、個人的には怪奇小説や恐怖小説のほうが適切なようにも思える本作。
医学博士でもあった作者独自な論理が顕著で、謎や現象に説得力を不要とするこれらの分野にあるまじき論理の展開が素晴らしい。

作中を通じて、人工心臓がいかに優れているかを力説し、人体への移植の際に生ずる問題点、それに対する解決点と改善点を展開、これらの論点をわかりやすい言葉で表現しているところが印象深い。
そもそも、人工心臓という現在でもまだまだ実用的ではない未知なるテーマを、執筆当時に思いついていたこと自体に拍手を送りたい。
ミステリーに限らず、創作物は先人たちが積み重ねてきた歴史が多少なりとも存在するが、人工心臓という存在しないものを人体構造にあてはめて理詰めで説明、展開しているため、無から物事を創造することよりも困難なのではないだろうか。
空想の産物とはいえど、現実的な説明を要している時点で、本作の価値は計り知れないものだと思う。

謎の咬傷

戦前の探偵作家が作中に取り入れたテーマの一つに変態性欲者がある。
いわゆるフェチズムのことだが、このアブノーマルな性癖を多く取り入れた代表作家が江戸川乱歩であり、「孤島の鬼」や「鏡地獄」がその例といえる。
乱歩の作品のイメージがそのまま探偵小説のイメージへと移行してしまい、戦前または戦後間もない頃の探偵小説は陰湿で暗いものとされ、探偵作家と分かった時点でお見合いが破談になるやら、屋外で探偵小説を読む場合はブックカバーが必須だといわれていたのは不幸としかいえないだろう。

散々ないわれようの探偵小説だが、小酒井不木も変態性欲者をテーマに本作を執筆している。
あくまで本格探偵小説の一要素としてというのが作者のスタンスだったのか、謎を構成する要因の一つに取り入れているだけであり、乱歩が描くような「狂人の物語」という扱いではなかった。
乱歩の作品も良いが、本作のような理知的な作風もまたいいものだ。

小さな点をつつくとしたら、噛み痕で殺害する理由としてはやや動機不足ということか。
わざわざ本物を利用して凶器を作成している点も、やりすぎといえばやりすぎだろう。
しかし、最後の一文にあるように作者が一番表現したかったものは「執念」なのではないだろうか。
その結果として、効率的な犯行手段よりも果たされるべき執念を優先させている。
本格推理要素と提示する謎を動機面と論理的に結び付けるのは、今も昔も困難であることに変わりはないようだ。

烏を飼う女

理知的な本格推理が多く収録されている本書には珍しい犯罪小説形式の短編。
主人公がいかにして囹圄されたかを日記に綴るように描写したもので、戦前の探偵小説には同様の趣向を凝らしたものが結構あった。
謎を中心に展開する点は倒叙物と同じだが、主題となる犯罪は現在進行形のものではなく過去のものであることが本作の特徴。
どのように展開していくのか、というサスペンスを盛り込んだ本格探偵小説で、その趣向は真相の意外性を効果的に引き出しているといえるだろう。

しかし、謎の論理的な展開を意識していないためか、随所に創作らしさともいえるわざとらしさが目立つ。
「ル・モグル」を含め、動物が重要な役割を果たす探偵小説は多いが、動物であるが故の都合の良さは必ず違和感として作品からにじみ出てしまうもの。
烏の怪奇趣味はイメージとして十分だが、本作で与えらえた役割には不向きではないだろうか。

抱きつく瀕死者

瀕死の男に抱きつかれる、というタイトル通りの魅力的な謎の提示はまるで海外の古典作品のよう。
あっさりとした作風に思えるが、怪しい人物へのミスディレクションや犯人の正体とその背景に潜む真相の意外性等、本格探偵小説要素が一通り詰め込まれており、ミステリーとしての完成度は高い。

新聞記者が遺留品をちょろまかしたり、ミスディレクションの一環からか、相手が特に意味もなく警告してきたり逃げだした(ように描写されていた)りと、随所にまとまりがないのはご愛敬といったところ。

雪の夜の惨劇

本作には西山電吉という探偵が登場する。
この探偵が他の作品に登場するかは不明だが、この作者には珍しい職業探偵である(と思う)。
主人公というよりも心強い味方という印象が強く、探偵の名に恥じない活躍を見せてくれる。

当事者の心理に寄り添うような詳細な描写が巧みな一方、犯人を特定する推理もシンプルだが論理的。
ある人物の行き過ぎた行動にはどうかと思うが、探偵小説としての前例も少ない時代に書かれたということでそれほど気にならない。
前半のある部分の伏線に違和感と異彩が放たれており、後半の危機的状況がちっとも危機的ではなかったのはシュールだった。

好色破邪顕正

文学士の男が、殺人の容疑者とされた女の潔白を晴らそうと事件を調査するという話。
調査することを「探偵する」と表現するあたりに時代を感じさる。

文学士である主人公が警察から好意的に事件調査を承諾されたり、証拠や証言が都合よく集まってきたりと、やや調子の良さが気になるが、調査の過程を丁寧に描写しており、最後に意外な真相を持ってくる等の技巧を凝らしているため、テンポ良くストーリーが展開していたところが好印象。
これぞ本格探偵小説という感じである。

文学士が自分とは無関係の女を救おうとした理由が、女に一目惚れしたからという下心ありありな動機だったことが印象深い。
そんな理由でうまくいくわけないだろ!と突っ込みたくなるが、最終的に二人は恋人になり同棲し始めているので、探偵から始まる恋もあるということを教えてくれる。
ちょっと探偵してくる。