毒薬ミステリ傑作選(レイモンド・T・ボンド編)

レイモンド・トステヴィン・ボンドによる毒に関する作品を集めたアンソロジー。
「毒」という同一のテーマでありながらも、その扱い方に関して作品一つ一つ異なるのはまさにアンソロジーたる所以。
サスペンス、クライム、本格推理等など、毒の様々な味を(毒味でなく)堪能することができます。

見どころの一つは編者による序論。
毒と関わるのはゴメンだがミステリは好きという人は、この論文を興味深く思うことができるかもしれない。

  • 序論 毒と毒薬について(レイモンド・T・ボンド)
  • 疑惑(ドロシー・L・セイヤーズ)
  • キプロスの蜂(アントニー・ウィン)
  • 利口なおうむ(E・C・ベントリー)
  • 偶然の審判(アントニイ・バークリー)
  • 夾竹桃(ミリアム・アレン・デフォード)
  • ラインゲルダーとドイツの旗(ラドヤード・キップリング)
  • リキュール・グラス(フィリス・ボットム)
  • 大都会の一挿話(アーヴィン・S・コブ)
  • 事故(アガサ・クリスティ)
  • バーナビイ事件(R・オースチン・フリーマン)
  • ラパチーニの娘(ナザニエル・ホーソーン)
  • 手早いやつ(G・K・チェスタトン)
  • ノート(戸川安宣)
序論 毒と毒薬について(レイモンド・T・ボンド)

毒の起源や歴史、古代の毒の利用法、毒を使った犯罪実例、毒の種類、動物や虫、植物が持つ毒例etc...、さまざまな視点から「毒」を論じた概論。
ミステリーという範囲を超えて毒を論じており、読んで楽しい毒学概論といえるでしょう。
紀元前からすでに毒殺トリックが存在しているという事実は結構意外。
解毒薬もない当時、毒が権力争いの果てに用いられ、その存在は脅威的であったことを知る事ができます。

ディクスン・カーが登場人物によく名前を言わせた妻殺しの犯罪者クリッペン医師や、火刑法廷のモデルとして登場したブランヴィリエ伯爵夫人の毒殺犯行過程も記載されており、推理小説に関連した一例も取り入れているところが興味深く、そして面白くもある。
しかしながら、毒に手を染めた挙句断頭台の露となった犯罪者は数知れず、切り裂きジャックの如き猟奇犯罪者も恐ろしいが、知能犯である毒殺魔も十分に悲劇的で恐ろしい。
生涯関わりたくないものです。

疑惑(ドロシー・L・セイヤーズ)

エラリー・クイーンが選び出した推理短編の"黄金の十二"のなかで、毒を扱った2作のうちの一つ。
謎解きを中心とした本格物ではないにしろ、テンポよく進むサスペンスフルなストーリーと気のきいたオチが読了後に冷や汗をかかせます。
純粋に読みものとして面白い。

扱われた毒物はヒ素で、古くから殺虫剤として使用されており、作中では除草剤として使用されています。
閉めたはずの除草剤の蓋が開いている・・・、いやな予感と身に迫る危険に鼓動が高鳴ります。

キプロスの蜂(アントニー・ウィン)

車中で蜂に刺されて死亡した女を取り巻く事件を描いた本作。
扱われたのは蜂の毒ではなく、アナフィラキシーショックというところが結構珍しい。
不謹慎ですが、案外犯罪向きの題材に思えます。
といっても、実際に行うにはややギャンブルすぎるでしょう。

本の領収書に関しての部分にやや都合の良さが感じなくもないのですが、肝心な毒殺(?)トリックがなかなかに論理的。
また、真相を瞬時に看破したヘイリー博士の直感も気が利いています。

利口なおうむ(E・C・ベントリー)

トレントが最後の事件に巻き込まれる前の出来事。
以前読んだ「好打」もトリッキーで面白かったが、本作にも不可能犯罪的な要素がありなかなかに面白い。

毎日同じ時間になると、異常な様子になる夫人を毒によるものと推理するトレント。
しかしながら、いくら観察しても日常ありふれた動作しかしておらず、中毒の原因をつかむことができないという(見ようによっては)不可能犯罪物。
どのようにして毒を盛られたか、という点を突き詰めれば本格推理の醍醐味を味わうことができます。

偶然の審判(アントニイ・バークリー)

のちに長編として本格物の新境地を開拓した作品の短編バージョン。
長編にするよりも本作のほうが切れ味がすさまじいと思う。

タイトルに反して犯人は偶然を全く信用しておらず、"偶然を装った必然"というプロットが巧いの一言。
しかしながら、結局は賭けという偶然を発端とした事件構成になっているところがタイトルに忠実で素晴らしい。
偶然に賭けているが故に、賭けに負けても犯行が露出しない(犯罪が起きない)ように工夫されているというという点も鮮やか。
"推理小説"で"毒"を扱った作品として知名度と完成度の高さは随一ではないかと。

夾竹桃(ミリアム・アレン・デフォード)

夾竹桃に寄り添うように生きてきた男の些細で(案外)執念深い復讐劇。
天罰のようなオチがスリリング、余韻も心地いい犯罪小説的秀作。
この毒殺方法には前例があるらしい。

ラインゲルダーとドイツの旗(ラドヤード・キップリング)

短編以上の短さが故に話の奥行きは今一つですが、ウェットでユーモアな文体が特徴的。
話を鵜呑みにしないという教訓を皮肉にとらえた現代風刺のようにも思える。

リキュール・グラス(フィリス・ボットム)

厳格で意地の悪い夫を殺害する妻を中心に描いた犯罪小説。
犯罪小説というジャンルを考慮すればともかく、あんな殺し方をすれば真っ先に疑われるのではないか、という疑問がある。

大都会の一挿話(アーヴィン・S・コブ)

古くは聖書から存在する筋書きを踏まえた毒殺物語。
オチは同じでも、作者独自のストーリーで全く新しい物語を扱えるといういい見本でもあります。
本作は毒殺ですが、土屋隆夫がこれに墜落死を加え、一つの独立した犯罪小説を作り上げていました。

本作で使用された毒に関して直接描写はありませんが、編者の解説や作中に登場する桃からして青酸。
果物の種から青酸を抽出するとか物騒な世の中になったものです。
スイカの種すら神経過敏になりそう。

事故(アガサ・クリスティ)

作中に登場する「エヴァンズ」という人物は、作者の長編のタイトルとはおそらく無関係。
正義感と疑惑が時として悲劇を生むという皮肉なブラックストーリー。

上記「リキュール・グラス」と同様、真っ先に疑いがかかるような殺し方でどうやって言い逃れるつもりなのか。
どうやって"事故"にするつもりなのか。

バーナビイ事件(R・オースチン・フリーマン)

「利口なおうむ」と同様、どうやって毒を盛ったかに論点を当てた一種の不可能犯罪。
やや犯人にとって都合の良さが目立つ毒殺未遂ですので、読んでいくうちにおおむね検討はつきますが、だからといって本作の出来の良さを否定することはできません。

科学知識を用いての検証と推理はまさにソーンダイクの独断場。
生物の"耐性"をうまく取り入れた秀作です。

ラパチーニの娘(ナザニエル・ホーソーン)

編者曰く、本作は毒を扱った作品の中で免罪符売りの物語(チョーサー)と比肩しうる程著名な作品とのこと。
免罪符~のほうは未読ですが、その好敵手ともいえる作品を読めるのはありがたい。

花園で暮らす美しい少女と学生の淡い恋愛物語という筋書きですが、そこに古来の毒殺方法をベースとした逸話を加え、起伏ある毒薬小説として大成させたということに驚く。
学生に主観を置いた豊かな心理、心象、風景描写も手伝い、読みものとしての出来は非常に高い。
海外作家は本当にこういう描写が巧みだと思う。

花園で暮らすヒロインを取り巻く環境は本作の特徴の一つですが、終焉のシーンも印象的。
薬を"毒"ととらえた構成の見事さと悲哀の余韻が素晴らしい。

手早いやつ(G・K・チェスタトン)

心理錯覚を利用しているところがいかにもチェスタトンらしい。
ブラウン神父の直感は鋭すぎてもはや理解不能に思える。