真夜中の殺意(大谷羊太郎)

60年代後半という通俗ミステリー全盛期にデビューしながらも、本格推理の王道「密室」にこだわり続けた大谷羊太郎の短編集。
本書に収録された短編の不可能犯罪率は7割以上という、まさに大谷版「密室殺人傑作選」であり、密室好きであればすぐにでも飛びついてもいいほどの魅力を備えている。
古くから密室トリックの考案は困難を極めたとされているが、ストーリーや犯行状況が変わればそこに当てはめるトリックも違ってくる。
100のストーリーには100の密室トリックがあることは当然だが、やはりトリックの創造は一筋縄ではいかないのが常だろう。
それを容易く息をするがの如く作り出せるのは作者の才能に他ならない。

不可能犯罪は多かれ少なかれケレンじみた味を誘うものであるが、各作品が雑誌等に掲載されたのは70年~80年代であり、社会派ミステリーがまだまだ根深く息づいていた。
そのため、ストーリーはすべて現代風の作品であることが本書の特徴の一つ。
まさにアパートの隣室の部屋でいつ密室殺人が起きても不思議ではない状況を作り出しており、密室という非現実じみた要素を違和感なく現代に溶け込ませたプロットには拍手を送りたいところ。
反面、機械的なトリックが目立ち、心理的なものであっても犯行状況が分かりにくいもが多い。
淡々と進んでいく捜査により明らかになる事実は、読者側の理解を助けることにはならなかったのではないかと思う。
こればっかりは短編密室ものあるあるなので仕方のないことと割り切るしかない。

突然災難に見舞われたある一家が家族会議により事件解決に尽力するハートフルサスペンス「同じ二枚の名刺」、サスペンス風密室殺人「偽装自殺」、被害者心理を巧みに利用した密室殺人「殺意の二重奏」あたりが面白い。
特に「偽装自殺」はなんともいえない奇妙な味を感じさせる。

  • 真夜中の殺意
  • 女ふたりの密室
  • 二秒間の死角
  • 同じ二枚の名刺
  • 夜警殺し
  • 偽装自殺
  • 殺意の二重奏
真夜中の殺意

恋愛・ベッドシーン・不倫関係という、通俗ミステリー三大要素が前半の短い枚数に詰め込まれた作品。
後半になると空気はうって変わり、殺人事件に対するヒロインの淡々とした推理が披露される。
主要人物が少な目で、犯人は意外な人物という点にこの作者のミステリーに対する姿勢が表れていると思う。
動く死体に関しては目撃者の存在が大きく関係しているためか少々都合が良いが、電話越しに会話した被害者の態度が豹変するという点には妙な説得力があり、良い着眼点だと思う。

女ふたりの密室

山荘起きた密室殺人事件を扱った作品。
前半は事件当時者(発見者)を中心に描かれ、後半は事件現場にて捜査にあたる中条警部を中心に捜査の進展を描写している。
そもそもの密室トリック自体に登場人物たちの思惑がかかっており、このような殺人へと発展しないはずの計画的犯行に伴うトリックはよほどうまくやらないと違和感しか残らないのではないか。
ただでさえ論理的な解明が難しい不可能犯罪ものと淡々と進む捜査というのも相性が悪い。

二秒間の死角

殺人犯がアパートの庭から消失する。
トリックが比較的わかりやすく、機械的トリックではなく心理的な盲点を利用したというところは面白い。
おそらく作者はトリックの描写や解明よりも主人公や被害者の境遇を描きたかったのかもしれない。
それは冒頭の部分での主人公の生い立ちや被害者と犯人の関係が物語っている。

同じ二枚の名刺

大学受験生に大型(?)バイクを買う余裕があるのかどうかはともかく、作者のバイク趣味が取り入れられた一作。
子供二人が巻き込まれた殺人事件容疑を懸命にはらそうとする父親の愛情がなんとも微笑ましく、同時に頼もしくも感じられる。
家族会議で事件を推理・考察し、足りない部分を互いに補強し合うという、推理小説には珍しいハートフルな展開も面白い。
一家の大黒柱の偉大さを改めて意識できる(道徳的な意味でも)秀作。

夜警殺し

建物内から殺人犯が消失する。
謎のとっかかりはよいものの、文字だけでは建物の構造を把握することが困難である以上、よくわからないうちに読み終えてしまった。
謎の怪盗という時代遅れを感じさせる要素もいまいちかな。

偽装自殺

他の密室物と少し毛色が異なる密室物。
密室であるのに本格ではなくサスペンスというところが斬新で、不可能犯罪への新しいアプローチといえる。
運命の出会いとはよく言うが、出会うべきではなかった出会いというのもあるだろう。
偶然がもたらす残酷さを丹念に描写しており、本書一番の収穫だと思う。

殺意の二重奏

以前密室物のアンソロジーに収録されていたものを再読。
改めて読み返してみると、意外とまっとうな密室ものであるということを再認識した。
「女ふたりの密室」のような人間関係から密室を作り出すタイプの作品だが、トリックに説得力を持たせており違和感がない。
あるとすれば、黒服の殺し屋という(やはり)時代にそぐわない犯人であろうか。