密室の世界

温室事件(加田伶太郎)

収録:THE 名探偵(ジョイノベルス)、加田伶太郎全集

温室を舞台にした作品。
硝子の家(島久平)に舞台が類似しているが、本作は一応"温室"ならではのトリックが利用されている。
同時にアリバイトリックにも言及しており、作風全体を包む館物のイメージが楽しい作品。

といいつつも、密室もアリバイも格段優れているわけではなく、ことにアリバイの成立は危うくして成立するというギリギリの状況。
密室トリックも文字だけで状況を把握することの困難さが付きまとい、理解したかどうかを自分自身に問いたくなる作品でした。

しかしながら、密室に利用したある道具(?)の試み自体は結構斬新。
翻訳者でもある妹尾アキ夫が同じ道具を利用した密室ものを書いていますが、その使い方に違いが見られます。
その道具の存在自体が都合がいいようにも思えますが、最後に訪れる忠義の心に天晴れという言葉を送りたくなりました。

偽装自殺(大谷羊太郎)

収録:密室殺人傑作選(中島河太郎編)、真夜中の殺意

作者は密室殺人を多く手掛けていますが、本作はその性質が若干異なります。
密室であることを強調するものではなく、さらにトリックや密室の理由にも着目していないので、一つのサスペンスとして読んでみると面白いと思います。

誕生パーティの17人(ヤーン・エクストレム)

スウェーデンのカーと呼ばれた作者の代表作。
その割にはカーを意識したオカルティズムは薄く、非常にあっさりした作風になっています。

本作では密室殺人は二つ登場しますが、そのうちの一つである中毒死専門の密室トリックがなかなかに面白い。
道具を意外な方法で用いるトリックは結構ありますが、本作のその一例となっており、コロンブスの卵のようなトリックという印象が深かったです。
裏を返せば機械的ともとれてしまいますが、トリックから醸し出すユニークな一面がそのように感じさせません。
また、遺産相続が絡むというストーリーにしては、お約束を意識させなかったというところも本作の魅力となっています。

月世界の女(高木彬光)

収録:密室探求第二集(鮎川哲也編)、12星宮殺人事件(山前譲編)

心理錯覚による人間消失を扱った名作。
そのタイトル通り、古典作品「竹取物語」をモチーフとしており、月に帰ると主張する女が密室状態のホテルから姿を消します。
トリックそのものは前例がありますので意外性の演出をすることは困難ですが、メルヘンチックなストーリーを飾ることで一つの作品としての完成度はかなり高い。
人間消失の謎はやや作為的なものになりがちですが、かぐや姫をベースにすることで、謎をストーリーに溶け込ませているため、違和感なく不可能犯罪を演出しています。

消失トリック自体は心理錯覚のトリックですので御愛嬌というところ。
うまくいくかどうかはともかく、「AがBになることは不可能だが、BがAになることは簡単」という謎の説得力を素直に受け取っておくのが吉です。

しかし、主人公が現場に到着する前に謎を解いた人物が先駆けてしまうのはいかがでしょうか。
本作もいわゆる「名探偵もの」であるので、探偵役の解説で真相が明らかになった方がすっきりするような気もしますが・・・、結局は好みの問題となる。

密室の殺人(岡田鯱彦)

収録:「探偵倶楽部」傑作選

がめつい老人が花瓶で脳天に一撃されて殺された事件。
当時は多くの推理作家が密室をテーマした作品を書いていたため、本作のトリック自体は奇想天外でも大胆でもない。
またトリックに都合のよさが見られ、あくまで"うまくいった結果"という印象を受ける。
しかしながら、密室状況がなかなかに堅牢であり、犯行時に家の中にいた三人の容疑者にアリバイがあるという状況は面白い。

探偵小説作家(楠田匡介)

収録:「探偵倶楽部」傑作選

密室の必然性を満たしており、その理由も結構考えられています。
滴り落ちた血の矛盾も論理的ですが、扉の仕組みがやや都合がいいように思えるため、密室の堅牢さはさほどではありません。
犯人は捕まりませんが、探偵小説家志望の警察官からの手紙にそのヒントが隠される構成も新鮮。

聖アレキセイ寺院の惨劇(小栗虫太郎)

収録:昭和ミステリー大全集 上巻(新潮社編)等

そういや密室だよな・・・っていうぐらいの密室要素。
密閉された部屋といういよりも、密閉された建物という事件構成が密室さを薄くしているのかもしれません。

小栗虫太郎の特徴はガッチガチの機械的トリックであり、また同時に理化学トリックであるため、本作も例外通りに仕掛けが難解。
そもそも解説してどうこうってレベルじゃない
不可能犯罪へのロマンと衒学性が感じ取ることができればいいのではないかと。

妖婦の宿(高木彬光)

収録:昭和ミステリー大全集 上巻(新潮社編)等

犯人当ての余興として執筆され、短い枚数で読者を混乱させる要素と犯人を指摘できる要素をうまく組み合わせた非常に優れた作品。
作者の作品を読めば読むほどこのトリックは効果を発揮するのではないでしょうか。
探偵作家の鬼に対抗するための作品、まさに探偵作家の鬼殺し。

トリック自体は少しばかり機械的で人間の動きもやや非合理。
しかし、上記のとおり"犯人当て"という要素が加われば納得のいくものと考えることができます。
鍵の掛った部屋と一晩中見張られた唯一の扉、なかなか魅せる状況を作り出したものです。

伯林一八八八年(海渡英祐)

足跡のない準密室と堅牢な扉で閉ざされた密室から構成された「二重の密室」。
鍵穴にはなぜか布が詰め込まれていた。

派手な密室構成とは裏腹にミステリー要素への追及が緩いため、やや物足りなさはいなめず、事件の解決も主人公の一方的な推理によるものであるため、真相は定かではありません。
いわばトリックに不満の残る作品なのですが、推理小説としてそれほど気にならないのは、ミステリー要素を除いたプロットに土台を支える安定感があるからでしょう。

高層の死角(森村誠一)

密室殺人は怪奇性を増すものですが、高層ホテルが舞台なだけあって、犯行現場でさえどこか近代的でシャープな印象を受けます。
死者が残した怨念や代々伝わる呪いが作り出す密室の時代はとう過ぎ、そこにはもうフェル博士や金田一耕助が快刀乱麻の推理を披露する空間は存在しないのかもしれません。

客室の扉の鍵はオートロックなので、部屋に入るときにだけ鍵が必要になるだけで、部屋から出る際に鍵は不要。
密室構成の難易度は低いものと思われるが、複雑でもなくまた単純でもない密室トリックは結構論理的で華があります。

本作の後半はアリバイ崩しに紙幅を取ることになりますが、乱歩賞選考員が結構この密室トリックに感心していたことを鑑みると、時代に合わなくなった密室殺人を近代に甦らせた功績も評価の対象となったのでしょう。