密室の世界

密室殺人は推理小説の華と言われ、いままで数多くの作家が扱ってきました。
それを扱う専用作家までも登場するなど、今も昔も密室の魅力はそれなりにあるようです。

私自身、密室の魅力に引き付けられる一方、出尽くした密室のレパートリーにこれ以上の発展が難しいのでは感じることもあります。
それでも密室作品が定期的に執筆されるのは、密室への愛と手を変え品を変え工夫を凝らす推理作家の情熱なのでしょう。

ここでは今まで読んできた密室殺人ないしその他不可能犯罪を扱った作品とちょっとした解説を掲載していきます。
結構それなりに数は読んでいますが、再読がめんどくさいので最近読み終えた作品について掲載する予定です。

メソポタミアの殺人(アガサ・クリスティ)

衆人観衆により部屋に入れない状態での殺人が本作の密室。
トリックもわかりやすくシンプルな発想に破壊力は大きいのではないでしょうか?
(また、本作は犯人の正体もなかなか手が凝っています)

この密室トリックは、別に存在するあるトリックをアレンジしたものと考えることができると思います。
私は本作を先に読みましたが、元ネタ(?)に相当する作品を読んだときも大いに感心しました。
どっちを先に読んでも推理小説特有の驚きとおもしろさを楽しむことができるトリックです。

エンジェル家の殺人(ロジャー・スカーレット)

女性っぽいペンネームですが、その正体は女性版クイーンといった感じの二人の女流作家の合同ペンネーム。
作者の作品で一番有名な作品が本作といえます。

海外版のスカーレットの本の装丁は骸骨を模した俗悪なものらしく、江戸川乱歩もそのことに心を痛めていたとか。

本作の舞台となる館にはエレベータが備え付けられているという珍しい設定で、密室構成にもこのエレベータが利用されます。
上階で一人でエレベータに乗った被害者が一階に到着したとき、凶器が刺さっていたというもの。
一人で乗り込んだことは確かで下降中にエレベータ内部に侵入することは不可能。
さてどうやったのか?

江戸川乱歩がこの密室トリックにほれ込んで大絶賛しリトライしたため、トリック自体は比較的有名だと思います。
聞いた話ではリトライした作品には図解説まであるらしく、いつかは読んでみたいものです。

連続殺人事件(ジョン・ディクスン・カー)

生涯二冊目のカーの作品。
推理小説のタイトルに一番使われるであろう文字だけで構成されるという、そのような意味では珍しい作品。
その割にはそれほど「連続」を強調するような作風ではなかった気がします。

古城のてっぺんに部屋を持つ男が窓から飛び降りるのが本作の密室。
なにせ、窓からの侵入は不可能で扉には鍵がかかっていた(はず)のだから・・・。
鍵云々よりも、窓から飛び降りるその理由が主な謎となっていきます。

トリックの成功率がやや気になりますが、思い切った発想による大胆なトリックが楽しく、言い争ってばかりいる男女の関係が急接近していくロマンシングスも物語のアクセントとして違和感はありません。
魔女の隠れ家や爬虫類館の殺人に共通する"ロマンス要素が邪魔をしない"本格推理の典型となっています。

ビッグ・ボウの殺人(イズレイル・ザングウィル)

密室要素にトリックを付け加えた誉れ高い作品。
怪奇性の演出、奇妙な殺人方法、文体からにじみ出る気味の悪さ、トリックの意外性と、さまざまな密室物のルーツといえるでしょう。

鍵のかかった部屋で殺された被害者という意外にもオーソドックスな謎ですが、先例がないことを踏まえると、同プロットをオーソドックスなものにしたという証かもしれません。
世界最初の密室トリックにふさわしく、大胆でシンプルかつ意外性が強いのが特徴。
終盤のテンポが息切れしそうなほどにスピィーディで緊迫感漂います。

中盤すぎたあたりで捜査刑事の一人がトリックを見破り解説しますが、結局は理解できませんでした。
部屋の内側の鍵穴にかぎを差し込み・・・のような感じだったのは覚えていますがあいまいです。
(そもそも鍵穴は扉の外側にしかないのでは・・・?扉の内側にあるのは鍵を開閉するツマミにようなものだと思うのですが・・・。そのあたりは文化によって異なるのかもしれません)
その部分だけごっそり記憶から抜け落ちてしまうのもやむを得ませんでした。

白魔(鷲尾三郎)

収録:悪魔の函 殺意のトリック(鮎川哲也編)

雪にまつわる密室物は結構ありますが、本作ほど軽妙に描かれた作品はそうそうないでしょう。
作者自体珍しい作家ですから読み終えたときの印象も大きかったです。

推理作家とストリッパーを主人公とする本シリーズ。
軽妙でテンポよく、二人の漫才のような息の合ったやり取りは軽快で愉快。
現代では奇抜な主人公や奇抜な設定の小説はミステリーに限らず溢れていますが、これを昭和26年の時点で執筆しているということに驚きです。
意味は違えど"最先端"を進んでいたことは間違いないでしょう。

密室トリックに関しては、同年代に活躍した(私が知る限りでは)二人の作家が同じトリックを使用して短編を書いています。
その二人の作家も鷲尾三郎同様珍しい作家。
昔の作品の復刊や再録が盛んになった現在でも、彼らの作品が珍しいことに変わりはありません。
まるで貴重なものを扱うように本作の印象は今でも脳裏に焼き付いています。

ボーダーライン事件(マージェリー・アリンガム)

収録:世界傑作短編集3(江戸川乱歩編)

この本に収録されている短編は総じて密室が多いような気がする。
アントニー・ギリンガム(赤い館の秘密の素人探偵)やロジャー・シェリンガム(バークリーが創作した主人公)と似ているため、当初見分けがつかなかった。

アントニー・ギリンガム
ロジャー・シェリンガム
マージェリー・アリンガム
主に「~リンガム」が原因。

本作は"当初は密室でなかったが後天的な理由から密室になってしまった"という、ありきたりなようですがバリエーションが限られているプロットを用いた作品。
警官の見回り区域の話から、おいまさか・・・、とつながるある意味のばかばかしさは、トリックへの驚きから柔軟な発想へと転換を続けることでしょう。
後天的密室という密室の理由も満たしているところも偶然とはいえなかなか配慮が行き届いている。
既存のトリックでも、シチュエーションや発想が異なるだけで意外と真新しい進化を遂げることを知ることができる作品といえます。

割と最近「窓辺の老人」と称して、アリンガムの短編集が東京創元社から発売されました。
同本にもボーダーライン事件は収録されており、同じ出版社から出た本に同じ短編が収録されたということになります。
出版社はこのようなダブり収録を避けるように編集するものと思っていたので意外でした。
一方はアンソロジーでもう一方は作者固定の短編集ですから本の主体が異なるのはさておき、このようなことは案外珍しいことなのかもしれません。
珍しいとはいってない

みえない足跡(狩久)

収録:鯉沼家の悲劇(鮎川哲也編)

雨上がりにぬかるみの中央に建てられた離れで殺された画家、残された足跡は女中が死体を発見した際につけたものだけであった。

本作が優れている点は、足跡を心理錯覚による技巧で"見えなくした"ことでしょう。まさにタイトル通り。
序盤から地味に張り巡らされた伏線、思った以上に簡潔に説明できるトリック、にもかかわらずしっかり論理で"かた"を付けた作風が魅力的です。

実は本作を読んでいる際、奇妙な符合からトリックの存在に気づいたこともあり印象深い思い出があります。
今思えばわかりやすいような気もしますが、案外コロンブスの卵のような発想で創作されたものだと思います。

名探偵が多すぎる(西村京太郎)

西村京太郎といえばトラベルミステリー。
西村京太郎といえばサスペンス。
これらのイメージを覆すのが本作「名探偵シリーズ」で、ポワロやエラリーといった著名な名探偵のパロディーとなっています。

ですが本作で使用された密室トリックはそれほどのものではありません。
しかしながら、その密室を解き明かす際に登場人物の一人が考えた密室トリックが実に雄大で大胆そのもの。
なんら機械的操作をすることなく部屋をロックする術はそうそう思いつかないでしょう。

結局は弱点を指摘されてボツにされてしまうこのトリックですが、その弱点とは"豪華客船内すべての部屋が密室になってしまう"というもの!
すべての部屋を同時に密室にする・・・、作者の創作センスがなかなかに底知れないことを改めて思い知らされました。

見えざる手によって(ジョン・スラデック)

収録:有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリー

巧みなミスディレクションで読者を欺いたスゴイ作品。
密室トリックに論理性を持ちこむことは困難とされており、そのような作品は数少ないでしょう。
本作ではその困難を克服し、非常に論理的で納得のいくものとなっています。

密室構成で重要な点として、いかにしてロックした部屋ないし密閉空間から抜け出すか、どのようにして鍵をかけるか"が挙げられます。
これらはバリエーションこそ様々なものが生み出されていますが、結局は論理遊戯にたどりつく前になあなあで終わってしまうものが多いのも事実です。
このことが密室に論理性を持つ出すことの困難さへと直結します。
本作はどのように鍵をかけるかという問題以前に、"どのようにして密室に見せかけるか"に重点をおいており、その解消法としてさりげない意識の誘導が仕込まれている点が優れています。
いわば心理的密室の構成として基本的なものですが、違和感なく仕組まれたプロットがまさに不可能を可能にしたのでしょう。

オッターモール氏の手(トマス・バーグ)

収録:世界傑作短編集4(江戸川乱歩編)

江戸川乱歩がやたら気に入っていたという作品。
反面、松本清帳がそれほどでもない、と言っていた作品。
大作家である両者ですが、推理小説家としての価値観はまるっきり異なることを知ることができるエピソードです。

本作の背景にあるのはおそらく「盗まれた手紙」なのでしょうが、そのようなものを抜きにしても本作は素晴らしく良くできており、演出の面白さは群を抜いている。
犯行現場を迅速に取り囲むという用意周到さとシュールさには苦笑しますが、姿を消した殺人鬼ではなく、見えなくなった殺人鬼という演出が面白い。
心理錯覚による盲点を利用した良作。