鮎川哲也名作選 冷凍人間

岡田鯱彦や楠田匡介、島久平といったマイナーでマニアックな推理(探偵)作家の作品を多く掲載した河出文庫本格ミステリコレクションの鮎川哲也編。
これらの作家に比べたら鮎川哲也の作品は入手しやすいほうですが、本作に収録されているものの3~4割近くの作品は、黒いトランクで再デビューを果たすに書かれた非本格推理物ということで、どっちにしろマイナーでマニアックでかつレアな作品集ということになります。
(黒いトランクは1949年~1950年前後に書かれたらしいので、一部の作品は黒いトランクよりかもしくは同時期に書かれたことになります)

本格ミステリコレクションと銘打っておきながら、本格ミステリ以外の作品が結構な割合を占めているという矛盾は編者の日下三蔵氏も認めるところ。
ここはあえての収録というところが憎いですね。
鮎川哲也の非本格推理は「ポロさん」「地虫」「怪虫」ぐらいしか読んでないので非常にうれしい。

本作に収録されている非本格推理物全般に言えることは、作者に裏の顔ともとれる「幻想・怪奇趣味」の趣向が強く、また同時にメルヘンチックであるということ。
一部の作品にはコメディやファースじみたものもあり、若き日の作者は本格推理を中心としながらも、探偵小説の分野についていろいろと模索していたのかもしれません。
「アトランタ姫」や「マガーロフ氏の日記」は怪奇小説ないし秘境小説ですが、部分的に簡単ですが推理要素が加えられており、本格推理を基調とする作者の表の顔がでているということでなんともほほえましいかぎり。

本格推理分野では、最初の本格物である「蛇と猪」リレー小説「ジュピター殺人事件」が見どころと言えます。
ことに後者は「むかで横丁」を大差で打ちまかしていますので、読んでみたいと思っていた待望の作品でした。

  • 月魄(「ロック」1948年1月号)
  • 蛇と猪(「ロック」1948年8月号)
  • 地虫(「別冊宝石」1949年12月号)
  • 雪姫(「宝石」1951年10月号)
  • 影法師(「探偵実話」1954年7月号)
  • 山荘の一夜(「探偵実話」1954年10月号)
  • ダイヤルMを廻せ(探偵実話1954年10月号)
  • 朝めしご用心(「探偵実話」1955年10月号)
  • アトランタ姫(「探偵実話」1955年11月号)
  • 甌(「探偵実話」1956年2月号)
  • 絵のない絵本(「探偵倶楽部」1957年3月号)
  • 他殺にしてくれ(「探偵倶楽部」1957年11月号)
  • 怪虫(「読切特撰集」1956年9月号)
  • 冷凍人間(「読切特撰集」1957年6月号)
  • マガーロフ氏の日記(「探偵倶楽部」1957年8月号)
  • ジュピター殺人事件(「密室」1954年5月号)
月魄(「ロック」1948年1月号)

本名と読み方が同じ「那珂川透」名義で書かれたかなりの初期作。
満州、哈爾浜、ロシヤ語、ピアノ、日系の青年と、若き日の作者を彩る要素がふんだんに詰め込まれている。
幻想味と怪奇性が強く、鬼の本格鮎川哲也とは別の顔を見ることができる珍しい作品といえる。

蛇と猪(「ロック」1948年8月号)

「本格の驍将」鮎川哲也最初の本格推理。
本当に初めて手掛けた本格推理なのか、というぐらい理屈っぽく、ことにランプ油の残量と時間に関する推理と考察に関して、作者の行く末を暗示しているかのようなロジカルさを堪能できる。
このときからすでに謎の解かれていく過程の描写に力を入れており、それが説得力と面白さにつながることを意識していたことがわかる。

地虫(「別冊宝石」1949年12月号)

下り"はつかり"(創元推理文庫)参照

雪姫(「宝石」1951年10月号)

本作も非本格推理物の怪奇小説。
「逆」白馬の王子的な発想を用いたロマンチスト鮎川哲也を見ることができる貴重な作品だが、怪奇性や幻想味を比べると、月魄や地虫に軍配が上がるというのは個人的な見解。
その理由は「雪姫の正体を察知することがたやすいから」というわけではなく、地虫のアイデアの焼きまわしの部分もあるからかもしれない。

影法師(「探偵実話」1954年7月号)

ミステリーではあるけれど推理物ではない一作。
作風やトリック(らしきもの)に、昔の探偵小説っぽさが感じられる。
ロシアや満州、声楽家が多少絡むところを見ると、本作にも青年期の作者の面影を残している作品といえる。

薔薇小路棘麿といい、宇多川蘭子といい、集会が嫌いな主人公といい、本作には一体何人の鮎川哲也が登場するのだろうか。

山荘の一夜(「探偵実話」1954年10月号)

Q・カムバア・グリーンの原作を中川透が翻訳した...という体裁で掲載された。
いわばマッチポンプによる作品であるため、「Q・カムバア・グリーン」は作者の別名義であり翻訳もへったくれもない。
外国人風の名義で書かれたため登場人物は全員外国人。
映画の吹き替えのようなステレオタイプな会話のやり取りが笑いを誘い、夜の山荘に突然脱獄した凶悪犯が現れても、悲鳴や狼狽の一つもしないところがいかにもっぽくユーモラス。
鮎川哲也がユーモア作家であることを改めて確認することができる貴重な作品といえる。

1950年代前半は探偵小説や怪奇幻想小説が多かった作者ですが、ここら辺から本格推理を本格的に着手し始める。
本作の場合、派手なトリックや複雑怪奇な論理があるわけでないが、これぞ本格短編推理という伏線を張り綺麗な謎解き作品に仕上がっている。
オチのブラックさもいい感じ。

ダイヤルMを廻せ(探偵実話1954年10月号)

原作は劇作家フレデリック・ノット、舞台演出をアルフレッド・ヒッチコックが担当した舞台劇「ダイヤルMを廻せ」のノベライズ化。
上記「山荘の一夜」と異なり本作は原作者が存在している。

倒叙形式で進むサスペンスフルな展開で、思いもよらないミスにより犯行計画が狂い、犯人が絞首刑行きになるという倒叙物のお手本のような作品。
倒叙物の宿命でもあるため仕方のないことかもしれないが、凶器も持たずに手ぶらで家に侵入したり、指示通りに鍵を戻したにもかかわらず計画した本人が自身の計画に反した行動をしたりと、案外プロットに穴が多い。
しかし、このプロット上の穴が本作が倒叙物であるがゆえの「犯行上のミス」の演出になっているのだと思う。

朝めしご用心(「探偵実話」1955年10月号)

探偵安蒜先生を主人公とした(一応)推理物で(一応)密室殺人。
同主人公が登場する作品があと2作存在したらしいが、諸事情により活字になったのは本作のみというレアな作品。

本格推理であろうとなかろうと、基本的にシリアスな作風が大体を占める鮎川作品の中でも異色のコメディファース。
ハゲで入れ歯をしている人物ばかり殺されるという、なにがなんだかわからないストーリーで、同人物のみ殺害可能なトリックというこれもまた同様のシュールな作風。
虚脱感と適度な適当さが漂うオチには思わずニッコリしてしまった。

アトランタ姫(「探偵実話」1955年11月号)

純情純潔な恋人に無慈悲な悪意をむける男の話。
テンポよく男の畜生さを描写しながら、香水をヒントに犯人を推測するマリの心情が本作を推理物の範疇にとどめている。
「マガーロフ氏の日記」と同様、結局は推理物になってしまう作者の本来の地が顔を出したといったところだろうか。

男は刺されてもなんら不思議でない状態だが、相手に罵声をかますだけでことをすますマリの懐の寛大さは、今もなお拡大し続ける宇宙空間よりも広いのかもしれない。
頬を伝う涙の意味は安堵の涙か、それとも傷ついた心が流した悔し涙か。

甌(「探偵実話」1956年2月号)

婚約者の奇妙な噂を真に受け翻弄される女性の微笑ましい愛情を描いた作品。
恋人に合わせて己の肉体を改造しようとするほどの行き過ぎた愛情もどこかユーモアに描かれており、上記「朝めしご用心」を本格推理の異色作とみるならば、本作はユーモア物の異色作と見ることができそうだ。
といっても、鮎川作品にとっては本格推理以外がすでに異色作なのだが...。

手袋と番茶で復讐をたくらむ婚約者も(使い方が)かなり狂っていると思う。
数秒後に訪れるであろう社会的な死には同情を禁じ得ない。

絵のない絵本(「探偵倶楽部」1957年3月号)

下り"はつかり"(創元推理文庫)参照

他殺にしてくれ(「探偵倶楽部」1957年11月号)

下り"はつかり"(創元推理文庫)参照

怪虫(「読切特撰集」1956年9月号)

「人喰い芋虫」改題
「妖異百物語 第一夜」で読んだことがあるが再読。

巨大な芋虫が暴れまわり人間社会を崩壊させてゆく怪獣小説。
推理要素もほぼ皆無で、かつ幻想じみた雰囲気もない、また怪奇というにはユーモラスな印象を受けるという、鮎川哲也にしては非常に珍しい作品。
秘境小説や冒険小説のスペクタクル要素を取り入れているということで、香山滋のゴジラに触発されて執筆されたものと思われる。
ほぼ同時期に同様の作風の作品があったらしく、構成を変更せざるを得なかったと綴っているところをみると、ジャンル的にそれほど珍しくなかったのかもしれない。

芋虫が街を破壊し人間を捕食していく描写が多いが、どこか板につかないぎこちなさを感じる。
どこか知的というか、残酷な描写を柔らかく表現している風があり、本業の本格推理でも残忍な表現を控えている作者本来の理知的な作風を完全に隠すことはできなかったようだ。
同ジャンル専門の作家はこのような場合、大胆な表現を用いるのだろうか。

巨大な芋虫が混乱と恐怖を煽るという構想はあの有名な「モスラ」の登場よりも早く、ブームの先駆けと予言をしていたことになる。
また、芋虫の卵が数十個ある場面は、昔読んだ「アウターゾーン」のある一話を思い出した。

冷凍人間(「読切特撰集」1957年6月号)

「怪虫」に登場したの昆虫学者浅川秋夫とカメラ(ウー)マン沢田マリがまさかの再登場。
てっきりつかいきりの主人公かと思っていた。
業務用冷凍庫に閉じ込められた男が忽然と姿を消し、冷凍人間となって復讐を果たす事件が発生し、スクープを狙うマリとその婚約者秋夫が事件の真相を解明する。
謎を一つ取り上げるにしても、機械的な仕組みは一切排除するという徹底ぶりで、トリックの意外性を論理性で補っている点がいかにも作者らしい。
この創作スタイルは作者が初期のころから貫徹したものであることを改めて実感することなった。
神出鬼没の冷凍人間の居場所を特定した秋夫にあのセリフを言わせるところをみると、読み手へのミスリードが巧みな一作。

マガーロフ氏の日記(「探偵倶楽部」1957年8月号)

古びたオルゴールの中からは見つかった日記。
ロシヤ人マガーロフが記したその日記には、冷凍付けされた巨大マモント(マンモス)の調査で極寒の地を訪れたときに起きた同僚マカールの奇妙な死の謎について書かれていた。

詳細不明の日記や手紙を端に話が進むという作風は戦前から比較的よく見られた構成であり、作者の本格推理ものの一つとして「人買い伊平治」等がある。
日記を読んだ「私」は、マカールの狂人じみた死にざまからある仮説を立て、その意外で残酷な結末に思わず同情してしまうのであった。
本作での結末はあくまで仮説にすぎず、そこに至るまでの推理というものもそれほど説得力があるわけでもないが、半世紀近く前(本作の掲載が1957年で、設定上の日記執筆時が一次大戦前であることが確実なため)に未開拓の地で起きた奇妙な事件は、悠久の時を経てロマンを感じさせるには十分であると思う。

ジュピター殺人事件(「密室」1954年5月号)

余技推理作家の集い、同人誌「密室」の関東vs.関西の本格推理小説リレー対決企画の関東代表として執筆された作品。
対する関西側の作品はあの名高い「むかで横丁」、結果として関東側が勝利したが、だからといって関西側の作品が本作と肩を並べるものであることに違いはない。
本格推理という窮屈な枠内で論理的な構成手段をとった本作に比べ、「むかで横丁」は解決篇で打ち出された脅威の時間差アリバイの構成とどんでん返しで読み手を魅了している。

「ジュピター殺人事件」は、発端篇を藤雪夫、発展篇を鮎川哲也(中川透)、解決篇を狩久が担当。
リレー小説ということで、発生した事件の大部分の要素は発端篇で描かれており、発展篇と解決篇にて各自それぞれ事件の発展・解決に必要な要素を追加している。
例えば、発端篇にて打ち出された「た」のつく犯人らしき人物の名前について、発展篇で新たな容疑者範囲の拡大をしているのも関わらず、解決篇ではうやむやに処理している。
リレー小説という執筆者が異なる形式での作品ということを考慮しても、少々煮え切らない構成上の煩雑さが見え隠れしているところが少し残念に思える。

テープレコーダーを利用したアリバイ工作や、被害者の顔にジュピターの仮面が被さっていた点等、仕組みや理由が単純かつ必然性のない要素が目立ち、登場人物の動きも少しぎこちない。
こう考えると解決篇の欠点ばかり目立ってしまうが、発端篇と発展篇のすべての伏線回収が解決篇の役割であることを考えると無理もないことかもしれない。

ところで、作中に登場する主役刑事の田所ですが、星影龍三が登場する作品にも同名の刑事が登場している。
「ジュピター殺人事件」が1954年5月、「呪縛再現」を除く星影龍三が初登場したのは「赤い密室」で、掲載は1954年8月。
同名というだけで同一人物であるかは不明だが、年代順に考えると、田所刑事の登場順は「ジュピター殺人事件」→「赤い密室」ということになる。
さらに、本作で田所が登場するのは発端篇からなので、田所刑事(警部)のルーツは藤雪夫の考案によるものであると推測できる。(見落としがなければ)
実際はどうなのだろうか。